「昨日食べた刺身に当たってしまった…傷んでいたのかな?」
海に囲まれた日本では、寿司や刺身など魚介類を生食で食べる習慣があります。
これは世界的に珍しいことで、他の国で魚介類を生で食べる習慣はほとんどないと言われています。
そのため、日本ならではの食中毒が発生することも珍しくありません。
そのうちの1つが腸炎ビブリオで、30年前まで日本で発生する食中毒の約半数を占める食中毒菌でした。
今回は、鮮魚の喫食が原因で発症する腸炎ビブリオの特徴や症状、2000年代から大幅に発症数が減少した理由について解説します。
腸炎ビブリオ食中毒とは?
腸炎ビブリオ食中毒とは、海水や海底の泥に多く分布し、水温が15度以上になると活発化する感染性の食中毒菌です。
鮮魚に付着するため、刺身や寿司を食する日本では、ひと昔前までサルモネラ菌と同様、主要な食中毒の原因菌の1つでした。
現在でも、魚介類が原因の食中毒の約90%以上が腸炎ビブリオです。
腸炎ビブリオの厄介な点は、驚くべき増殖スピードの速さ。
栄養・温度などの条件が整うと、他の食中毒菌の倍以上の速さで増えていきます。
夏から秋の季節に鮮魚を扱うとき、温かい海で獲れる鮮魚を扱うときには特に注意が必要な食中毒菌です。
腸炎ビブリオ食中毒の症状
腸炎ビブリオ食中毒菌の潜伏期間は平均12時間前後、短いと喫食から2~3時間後に症状が表れます。
腸炎ビブリオ食中毒の症状は次の通りです。
腸炎ビブリオ食中毒の症状
- 激しい腹痛
- 水溶性の下痢
- 発熱
- 吐き気
- 嘔吐
- 血便
高齢者や基礎疾患のある方の場合、重症化するリスクが高く、次のような症状が表れます。
!高齢者や基礎疾患のある方に出る症状
- 敗血症
- 低血圧
- 心電図異常
多くの場合、軽症で済みますが過去には死亡例もあるので、注意が必要です。
腸炎ビブリオ食中毒の治療
腸炎ビブリオ食中毒の治療は、感染性胃腸炎と同じく対症療法が行われます。
健康的な大人の場合、積極的な治療を施さなくても数日で回復することが多いです。
高齢者の場合は、脱水症状にならないよう輸液を行います。
腸炎ビブリオの症状の1つに発熱がありますが、ここで市販の解熱剤を使うとかえって脱水症状を悪化させることがあるので、使用は控えた方がよいでしょう。
また、腸炎ビブリオが悪化した際には、抗菌剤を使用します。
しかしながら使用した解熱剤によっては、抗菌剤と併用できないものがあり治療が遅れてしまう恐れがあります。
解熱剤を服用する前に病院を受診し、医師の指示を仰ぎましょう。
腸炎ビブリオ食中毒の発生状況
2012~2021年の過去10年間の腸炎ビブリオ食中毒の発生状況は次の通りです。
《腸炎ビブリオ食中毒発生事例数》
西暦 | 患者数 | 食中毒事故数 |
2012年 | 9 | 124 |
2013年 | 9 | 164 |
2014年 | 6 | 47 |
2015年 | 3 | 224 |
2016年 | 12 | 240 |
2017年 | 7 | 97 |
2018年 | 22 | 222 |
2019年 | - | - |
2020年 | 1 | 3 |
2021年 | - | - |
腸炎ビブリオ食中毒の発症数は減少傾向にあり、2019年・2021年は発症数ゼロを達成しました。
発生した食中毒全体の腸炎ビブリオの割合も、1%未満となっています。
これは、鮮魚の生産者、流通業者、店舗販売者が食中毒を発症させないため、日々努力を重ねているからでしょう。
さらにさかのぼり、過去の発症数を確認すると、次のような統計結果となっています。
西暦 | 食中毒事故数 | 患者数 |
2002年 | 229 | 2,714 |
1996年 | 358 | 5,241 |
上記から腸炎ビブリオは、過去に数千規模の患者を出す食中毒菌であったことがわかります。
腸炎ビブリオ食中毒が減少した理由
腸炎ビブリオ食中毒は、1980年代から1990年代まで、日本で発生する食中毒事故の約半数を占めていました。
なぜなら、日本では寿司や刺身など魚介類を生食で喫食する習慣があるからです。
そして、1980年代はまだ魚介類の流通システムも万全ではなく、漁獲から運搬までの保存状態も良いものではありませんでした。
ところが、2000年代以降、腸炎ビブリオ食中毒事故は、大幅に減少し、2021年の発生件数は0件となっています。
腸炎ビブリオ食中毒事故が減少した理由は、2001年に食品衛生法が一部改正されたからです。
むき身の生食用かき、ゆでだこ、ゆでがになどの対象食品に対し、「腸炎ビブリオの規格基準」が設けられました。
規格基準では、次の3つがそれぞれ定められています。
- 保存基準
魚介類の漁獲から消費までの流通過程で10℃以下の低温状態を徹底させる - 加工基準
魚介類を加工するときに、飲用適の水または飲用適の水を使用した人工海水を使う - 成分規格
生食用魚介類やむき身の生食用かき…腸炎ビブリオ最確数が食品1gあたり100以下であること
ゆでだこやゆでがに…食品25g中の腸炎ビブリオ菌がゼロであること
食品衛生法で定められた基準を生産者や流通企業、飲食店が遵守したことで、腸炎ビブリオ食中毒菌の抑制に成功しました。
腸炎ビブリオ食中毒の特徴
鮮魚の喫食により発症する腸炎ビブリオには次の3つの特徴があります。
腸炎ビブリオの3つの特徴
- 真水に弱い
- 7月~9月が食中毒発生のピーク
- 増殖スピードが速い
それでは1つずつ解説します。
真水に弱い
腸炎ビブリオは海水や海底の泥の中にある細菌で、塩分濃度1~8%の環境下で増殖します。
腸炎ビブリオは海水に含まれているだけでなく、魚介類の体表や内臓等に付着するので、菌を持ち込ませないようにするのは不可能です。
一方で、腸炎ビブリオは真水には弱い特徴があります。
調理前に真水でしっかり洗い流すことで、腸炎ビブリオ食中毒を防げます。
7月~9月が食中毒発生のピーク
腸炎ビブリオ食中毒は、7月~9月の夏季に発生が集中します。
なぜなら、腸炎ビブリオは水温15℃以上の環境下で増殖をはじめるからです。
とくに30℃~35℃の環境下で、最も増殖スピードが早くなります。
一方で、低温には弱く10℃以下になると増殖できなくなるという特徴もあります。
そのため、水温が10℃以下になる11月~4月の間は、腸炎ビブリオはほとんど検出されません。
ただ、低温に弱いからと獲った魚介類をすぐに冷凍しても、腸炎ビブリオが生存している可能性があります。
よって、解凍し常温でそのまま置いておくと、腸炎ビブリオが再び増殖する恐れがあるので注意が必要です。
増殖スピードが速い
腸炎ビブリオは増殖スピードが極めて速く、最適な条件が揃うと約8分で1回分裂します。
なお、大腸菌は約20分に1回、腐敗細菌の代表であるシュードモナスでは約30分に1回の分裂数なので、これらと比べても極めて短いです。
「分裂スピードが10分程度異なるくらいで、増殖スピードが速いと言えるの?」と思われる方もいるでしょう。
しかし分裂スピードが倍異なると、一定時間後の菌数に大きな差が生じます。
例えば、初発菌数100個の腸炎ビブリオ・大腸菌・シュードモナスを最適な環境下に2時間置く実験をしたと仮定するとそれぞれの菌数は次の通りです。
菌の種類 | 菌数 |
腸炎ビブリオ | 3,276,800 |
大腸菌 | 6400 |
シュードモナス | 1600 |
腸炎ビブリオの菌数が他の2つの食中毒菌と比べて、明らかに多いことがわかります。
なお腸炎ビブリオを発症する食中毒菌数は10^6です。
最適な条件化に置いた2時間後の腸炎ビブリオの菌数は、3.2×10^6なので、もしこの菌数の食品を口にしたら食中毒を発症してしまう可能性があります。
さらにこの条件下に置かれた魚介類の鮮度はまだ良好のため、味・臭いの変化はほとんどありません。
よって、誤って食してしまう確率が高く、食中毒を発症してしまいます。
腸炎ビブリオ食中毒の原因食品
腸炎ビブリオ食中毒の原因食品は次の通りです。
- 魚介類
- 貝類
- 魚介類加工品
しかし、厚生労働省の過去の腸炎ビブリオ食中毒の原因食品別発生数を確認すると、野菜や卵など魚介類と異なる食品が挙がっています。
これは、二次感染による原因食品です。
魚介類に付着した腸炎ビブリオが、冷蔵庫内や調理器具などを通じて他の食品を汚染したことが予想されます。
過去には、スーパーの飲食店で調理されたキュウリの塩漬けが腸炎ビブリオ食中毒の原因食品になったことがあります。
これは、魚介類を切ったまな板の洗浄不良が原因で、キュウリに腸炎ビブリオ菌が付着しさらに塩漬けされたことから菌が増殖。食中毒事故に至ったとのことです。
腸炎ビブリオは二次感染しやすい菌なので、魚介類の調理器具や調理方法に十分気を付ける必要があることを覚えておきましょう。
腸炎ビブリオ食中毒を防ぐ5つのポイント
1980年代から1990年代にかけて猛威を奮った腸炎ビブリオ食中毒菌は、2000年以降減少傾向にあります。
それは、2001年に改正された食品衛生法による法整備と漁業関係者の企業努力によるものです。
しかし、届いた鮮魚に問題がなくても飲食店や製造工場の保管状況や調理器具の管理に問題があれば、腸炎ビブリオ食中毒の発生リスクは高まります。
ここからは、飲食店や製造工場で気を付けるべき腸炎ビブリオ食中毒予防のポイントを5つご紹介します。
ポイント1:10℃以下の低温で保存
腸炎ビブリオは10℃以下の低温では発育・増殖できないので、10℃以下の低温で保存しましょう。
ただ、10℃以下で冷蔵庫内で保存したとしても魚介類の収穫から運搬までの保管温度10℃以上だと腸炎ビブリオは増殖してしまいます。
飲食店や家庭での保存だけでなく、収穫から運搬までの工程で魚介類が10℃以下の環境で保管されるよう、それぞれ気を付ける必要があります。
ポイント2:調理前の魚介類を真水で良く洗う
腸炎ビブリオは、真水に弱い特徴があるので、調理前の魚介類を真水で良く洗うことで腸炎ビブリオ食中毒を防げます。
ポイント3:調理の変わり目に手を洗う
腸炎ビブリオ食中毒は最適な環境下では、魚介類以外の食品でも増殖します。
例えば、魚介類を調理した後に手をよく洗わず、業者から食材を受取ってしまうと、その食材に腸炎ビブリオが付着してしまう恐れがあります。
魚介類に限ったことではありませんが、調理の変わり目にはよく手を洗い次の調理へ進みましょう。
ポイント4:食材の中心まで十分加熱をする
腸炎ビブリオは他の食中毒菌と同じく熱に弱い性質があります。
65℃なら1分以上の加熱処理で死滅しますので、魚介類を加熱調理するときには、食材の中心まで火が通るまで加熱しましょう。
ポイント5:調理器具の洗浄・消毒を怠らない
腸炎ビブリオ食中毒は、二次感染しやすい特徴があります。
魚介類を取り扱った調理器具の洗浄・消毒を怠らないようにしましょう。
特に気を付けるべき調理器具は、包丁とまな板です。
他の腸炎ビブリオだけでなく、他の食中毒の二次感染を予防するためにも、野菜・魚介類・肉類の包丁とまな板はそれぞれ用意し使い分けて使用するのをおすすめします。
まとめ
刺身や寿司など、魚介類を生食で食べる習慣がある日本では、腸炎ビブリオによる食中毒が発生しやすい環境です。
多くの場合、発症しても軽症で済みますが、過去には死亡事故も発生しているので注意が必要です。
まとめ
- 腸炎ビブリオは魚介類に付着している菌
- 腸炎ビブリオは真水と熱に弱い
- 腸炎ビブリオは増殖スピードが速いので二次感染に気を付ける
2000年以降、腸炎ビブリオ食中毒は大幅に減少しました。
これは、法整備と生産者や物流業者の努力のおかげです。
しかし、魚介類が新鮮な状態で届いたとしても、飲食店や製造業での扱いに誤りがあると、腸炎ビブリオは再び増殖してしまう恐れがあります。
魚介類を取扱うときには、腸炎ビブリオ食中毒の予防ポイントを確認し、食中毒を防ぎましょう。
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