労働安全衛生法の改正により2024年4月から化学物質管理者の選任が事業者に対して義務付けられました。
これは化学物質が原因の労働災害から労働者を守るために定められた規則です。
食品事業所も例外ではなく、多くの事業所で化学物質管理者の選任義務が生じることが予想されます。
この記事では、化学物質管理者とは何か、選任対象となる事業所や選任要件、化学物質管理者の役割について解説します。
化学物質管理者とは?
化学物質管理者とは、事業所内にある化学物質を安全に管理するための知識を持ち、従業員が化学物質を安全に扱えるようリスクアセスメントや事故防止を率先的におこなう者を指します。
2022年5月の労働安全衛生規則の改正によって、2024年4月より化学物質管理者の選任が事業者に対して義務付けられました。
食品事業所でも例外ではありません。
製造現場の機器・調理器具の洗浄や消毒に使われる業務用洗浄剤や消毒液、害獣や害虫駆除に使用される殺虫剤などには、人体に害のある化学物質が含まれているからです。
また、食品添加物にも化学物質が含まれています。
食品添加物は、商品製造時に人体に害のない量や濃度を添加しますが、保管時には高濃度または大量の食品添加物を扱うこともあり、従業員の健康を害する恐れがあるからです。
化学物質管理者の選任義務は、従業員が健康で安全に業務に従事できるよう、適切な化学物質の管理を徹底させるために施行されました。
化学物質管理者の選任義務対象となる事業所は?
規模や労働人数に関わらず、リスクアセスメント対象物(化学物質)を含む製品を製造・提供・取り扱う事業所が対象です。
リスクアセスメント対象物とは、労働安全衛生法に基づくラベル表示・SDS交付義務対象物質を指します。
2024年4月1日時点では896物質となっています。詳しくは厚生労働省の【職場のあんぜんサイト】をご覧ください。
食品事業所の場合、リスクアセスメント対象物の製造や提供は行いません。
しかし食品事業では、衛生管理のため洗浄力の高い洗剤、殺菌力の高い消毒液など有害な化学物質を含む業務用の製品を取り扱います。
そのため、ほとんどの食品事業者に化学物質管理者の選任義務が生じると考えられます。
化学物質管理者の選任要件
化学物質管理者は、化学物質の管理を適切に行い、化学物質の正しい取扱方法や危険性を従業員に伝えられる人を選任しましょう。
化学物質管理者の選任人数に制約はありません。事業所ごとに最低1名選任すればよいとされています。
後章で詳しく解説しますが、化学物質管理者には日常の業務に加えて化学物質を適切に管理するためのさまざまな職務が課せられます。
従業員の業務負担を減らすためにも化学物質管理者を複数人選任し、職務を分担しても問題ありません。
複数人選任したときに化学物質管理者の職務に抜け落ちが生じないよう、十分な連携が必要です。
またリスクアセスメント対象物となる化学物質を製造する事業所の化学物質管理者には、専門講習の修了資格が必要になります。
食品製造会社のように化学物質を取り扱うのみの事業所に対しては専門講習の修了資格は不要です。
ただ厚生労働省では、化学物質を含んだ製品を取り扱うのみの事業者にも、専門的講習の受講を推奨しています。
専門的講習のカリキュラムは次の通りです。
出典:厚生労働省「~リスクアセスメント対象物製造事業場向け~化学物質管理者講習テキスト」化学物質管理者の専門的講習は全国の労働基準協会連合会や民間企業などさまざまな団体や企業で開催されています。
化学物質管理者の役割
化学物質管理者は、自社内にある化学物質を適切に管理し、従業員が安全に取り扱えるよう指導しなければなりません。
具体的な化学物質管理者の役割は次の通りです。
ラベル・SDSの確認および実施後の作業管理
化学物質を製造・提供する事業所では、リスクアセスメント対象物を含む製品を分類し、ラベル表示およびSDSの交付をする必要があります。
化学物質管理者では、ラベル表示やSDSの内容が適切か確認する役割を担っています。
ここでは労働衛生法に基づく管理について述べていますが、食品事業における化学物質の管理では、「食品グレードであるか」「適切な薬剤である」かなど食品安全における安全性を踏まえた選定・管理も重要です。
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リスクアセスメントの推進・実施状況の管理
化学物質管理者は、リスクアセスメントの推奨・実施状況の管理をしなければなりません。
化学物質管理者がおこなうリスクアセスメントの手順は次の通りです。
リスクアセスメントの手順
- リスクアセスメントを実施すべき化学物質の確認
- リスクアセスメント対象物を自社内で取り扱うときの有害性・危険性の確認
- 有害性・危険性に対するリスクを見積る
- 見積りに基づきリスクの高いものを優先にリスク低減するための措置を検討
- リスク低減措置の実施
- リスクアセスメントの結果や実施したリスク低減措置を記録・保管
リスク低減措置の優先度やリスク低減対策は、専門書を参照したり、第三者機関を活用したりするとより安全に化学物質を取り扱うことができるでしょう。
労働者に対するばく露防止対策および実施・管理
化学物質管理者はばく露防止対策を検討・選択し、実施の管理をする必要があります。
リスクアセスメントの結果、化学物質を扱う作業場や作業内容に問題があると判断された場合、化学物質管理者は従業員へのばく露を低減する対策を講じなければなりません。
ばく露防止措置の方法
- 代替物の使用
- 装置等の密閉化
- 局所排気装置または全体換気装置の設置
- 作業方法の改善
- 保護具の使用
リスクアセスメント対象物(化学物質)によって最適なばく露防止策は異なります。
リスクアセスメント対象物を自社で扱うときの最適なばく露対策がわからないときは、専門書を参照したり、第三者機関を活用したりするとよいでしょう。
労働災害が発生した場合の訓練や計画を定め管理
化学物質管理者は、自社でリスク対象物が原因となる労働災害が発生した場合、適切な対応をすることを求められます。
まずは、死傷者が発生した時の対応や有害物質の汚染・ばく露に対する対応をマニュアル化しましょう。
マニュアル化することで化学物質管理者だけでなく、他の従業員にも対応方法を周知できます。
化学物質による労働災害時の対応マニュアルには次の内容を記載しておきましょう。
労働災害の応急措置マニュアルに入れる項目
- 避難経路確保
- 応急措置の方法
- 担当者の手配
- 危険有害物質の除去および除染作業の方法(使用する道具や保護具の着用有無などを入れる)
- 緊急連絡先
- 搬送先病院との連携(救急隊員に何を伝えるべきか、予め文章化しておく)
- 労働基準監督署長による指示が出されたときの対応方法
マニュアルができたら、実際に労働災害が起きた時に誰が何をすべきか役割分担を決めておきます。
労働災害発生時の対応をすべて化学物質管理者任せにしてしまうと、対応が遅れて従業員の生命が脅かされてしまう恐れがあるからです。
従業員一丸となって対応できるよう、予め役割分担を決めておきましょう。
最後にマニュアルと役割分担を元に、労働災害発生時の応急措置等の訓練を定期的に実施します。
机上で対応方法や役割分担を決めておいても、労働災害発生時には誰しも頭が真っ白になり、決められた行動を実施できないからです。
日頃から訓練しておくと、いざ労働災害が発生して頭が真っ白になったとしてもすぐに訓練を思い出し冷静に対応できる可能性が高まります。
リスクアセスメント結果の記録・保存管理および労働者への周知を行なう
リスクアセスメント結果や労働災害時の対応マニュアル、訓練の記録は化学物質管理者が書面で記録をおこない、適切に保管しましょう。
なお、化学物質管理者はばく露防止措置は1年以内に定期的に記録を作成し、3年間(がん原性物質の場合は30年間)保存が求められます。
これらの書面は、他の従業員がいつでも確認できる場所に保管するのがおすすめです。
労働者に対する教育計画の策定および効果確認・周知
化学物質管理者含め他の従業員も日々の業務に追われ、リスクアセスメントの結果やばく露防止措置をまとめた書面を自ら確認することは難しいでしょう。
そのため、化学物質管理者は従業員に対し、定期的に化学物質を含む製品を安全に使用する方法や労働災害時の対応方法を教育・指導する時間を設ける必要があります。
事業主は、化学物質管理者の指導計画の提案を積極的に取り入れ、従業員への参加を促す協力をしましょう。
なお、教育は第三者機関へ外部委託することも可能です。
まとめ
2024年4月よりリスクアセスメント対象物を含む製品を取り扱う企業にも化学物質管理者の選任義務が生じます。
食品事業にも選任義務があるため、期日までに選任しましょう。
リスクアセスメント対象物を含む製品を取り扱う企業の化学物質管理者の選任要件に資格は不要です。
しかし、化学物質が原因の労働災害を防止したり、発生時の適切な対応を行うには、化学物質に関する正しい知識が必要になります。
事業者は必要に応じて、化学物質管理者に専門講座を受講させましょう。
まとめ
- 化学物質管理者の選任人数に制限はない
- 化学物質管理者はリスクアセスメントを率先しておこない化学物質が原因の労働災害の防止に勤める
- 化学物質を含む製品の適切な取扱い方法を従業員に指導・教育する
- 化学物質が原因の労働災害が発生したときを想定した訓練を定期的にする
製造業において、有害物との接触により毎年複数人の死傷者が出ています。
従業員を化学物質の有害性・危険性から守るためにも化学物質管理者を選任し、製造現場の安全対策に努めましょう。
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